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Special Relay 2


フォトグラファー 粟根 靖雄さん
広島生まれ。ヤマハギター講師を経て上京し蔵田好之氏に師事
2000年にフリーランスとして活動。2009年に広島に移転、東京と広島の二拠点で
広告、雑誌、CDジャケット、アーティストのポートレートなど幅広く活躍
2000年にフリーランスとして活動。2009年に広島に移転、東京と広島の二拠点で
広告、雑誌、CDジャケット、アーティストのポートレートなど幅広く活躍
ミュージシャン→SE兼営業マン→カメラマン
今思えば、一枚のCDジャケットが写真の世界へ導いてくれたのかもしれない。音楽があったから、今がある気がします。実は、プロのギタリストになりたくて、高校でミュージシャンに弟子入りしました。昼間は高校生、夜はライブの手伝い。音楽で飯をくうぞと目指していたんですが、現実は想像以上に難しかったんです。結局あっさりと諦めてコンピュータの専門学校に進みました。ただ、弟子入り時代は決して無駄ではなく、10代のうちからミュージシャンの世界で上下関係の厳しさや気配りを学んだからこそ、その後の苦労が苦労と感じず、前へ進めたんだと思います。僕の人生の中で無駄なことは一つもなかった。専門学校のときにギターの講師をしていたことや、卒業後のサラリーマン経験も、全て生かされています。SE兼営業としてルートセールスをしていたので、社会人としてのマナーや会話も身に付きました。カメラマンとして社会性や礼儀ってとても大切ですから。組織の中で動くことや人間関係も嫌だと思うこともなかった。本当にふつうのサラリーマン生活を送っていました。でも、ある日突然、「こんな生活、おもしろくない」って、職安へ飛び込んだんです。次に何をしたいかもなくです。たまたま写真スタジオの募集があり、経験も知識も志もないまま、おもしろそうかなと面接を受け、入社しました。とっても安易です。でも昔から曲を作るときに写真を観ることが多かったし、好きなCDジャケットの写真もあった。それがずっと脳の奥深くに眠っていて職安でピピっと来たんだと思います。
アシスタント生活は、目からうろこの毎日。
カメラを全然触ったことのない人間ですから、先輩からも信頼ゼロです。そこを信頼してもらえるように、もうコツコツと忍耐強く頑張る訳です。「こいつなら」と思ってもらえると機材を借りて試し撮りができる。入社3カ月目でしょうか。初めて自分の作品を撮ったんです。できた写真を見た途端、「おもしろい!」、写真っておもしろいと。まるで初めてギターを弾いた時のようでした。そこから急激にのめり込んでいきました。
一つ一つの仕事、一日たりとも無駄はできないと、先輩の仕事のやり方や機材のことを勉強していきました。一年が過ぎて一通りわかると、自分でも撮りたい写真、なりたい写真家像ができます。「東京へ行こう!」と決心しました。
あこがれのカメラマンである蔵田好之さんのセカンドアシスタントとして雇ってもらえました。蔵田さんのところはレンタルスタジオも持っていて、大御所のカメラマンやムービーの人たちを手伝う仕事もありました。蔵田さんの仕事もあるし、他の人もという一番忙しかった時代です。いっぱい撮影を見ることができて、もう目からうろこの毎日でした。直アシとスタジオマンの両方を経験できたのはラッキーでした。休みもほとんどなく、たまにあると他のアシスタント仲間と集まって作品を撮りに出かけるんです。みんな貧乏ですから、友達がドライバーをしてるロケバスを借りたこともありました。
一つ一つの仕事、一日たりとも無駄はできないと、先輩の仕事のやり方や機材のことを勉強していきました。一年が過ぎて一通りわかると、自分でも撮りたい写真、なりたい写真家像ができます。「東京へ行こう!」と決心しました。
あこがれのカメラマンである蔵田好之さんのセカンドアシスタントとして雇ってもらえました。蔵田さんのところはレンタルスタジオも持っていて、大御所のカメラマンやムービーの人たちを手伝う仕事もありました。蔵田さんの仕事もあるし、他の人もという一番忙しかった時代です。いっぱい撮影を見ることができて、もう目からうろこの毎日でした。直アシとスタジオマンの両方を経験できたのはラッキーでした。休みもほとんどなく、たまにあると他のアシスタント仲間と集まって作品を撮りに出かけるんです。みんな貧乏ですから、友達がドライバーをしてるロケバスを借りたこともありました。
フリーになって10年で帰広。さらにクリエーター意識が高まる。
27才で独立しました。まあそんなにトントン拍子にいきません。何のツテもなく、またゼロからの出発です。いろんな雑誌社へ作品を持って営業に回っていました。貧乏だったけど表現したいものがいっぱいあった。
最初の仕事は、雑誌のポートレートです。一つひとつの仕事を丁寧にすること、一人ひとりの出会いを大切にすること。そこから信頼が生まれ、次へと繋がっていったのだと思います。念願のCDジャケットやファッションの撮影も「粟根を』と指名してもらえるように。気づいたら東京でカメラマンとしてあっという間に10年。人脈も広がっていました。そのころ、世の中はデジタルに移行し、当然カメラもそうで。東京にいなきゃいけない理由がなくなったんです。郊外に住むカメラマンが増え始めました。僕も結婚して、「子どもを育てるなら広島で」と思っていたので故郷へ帰ってきました。
最初は広島の仕事はしようと思っていなくて事務所も持っていなかった。知り合いは一人もいない。初めて知り合ったアートディレクターが、H-ADCの立ち上げメンバーで、自分も初回から審査会や受賞作品の撮影を手伝いました。これが広島での初撮影ですかね。H-ADCから少しずつ知り合いも増え、そこから仕事の依頼があったり。今は、半分広島、半分東京。仕事のやり方も少しずつ変わってきましたね。まず写真ありきで発注を受け、ボクが窓口になって他のスタッフの構成を考えるということも増えてきました。東京時代にはなかったプロデュサー的役割。クリエーターの特性を考えながら、この仕事ならあの人に頼もうとか考える楽しみもできました。CDやADのディレクション通りの写真をバッチリ撮るのもやりがいがありますが、最近は、企画の段階から参加して、チームの一員として仕事を作っていく面白さにも目覚めました。
最初の仕事は、雑誌のポートレートです。一つひとつの仕事を丁寧にすること、一人ひとりの出会いを大切にすること。そこから信頼が生まれ、次へと繋がっていったのだと思います。念願のCDジャケットやファッションの撮影も「粟根を』と指名してもらえるように。気づいたら東京でカメラマンとしてあっという間に10年。人脈も広がっていました。そのころ、世の中はデジタルに移行し、当然カメラもそうで。東京にいなきゃいけない理由がなくなったんです。郊外に住むカメラマンが増え始めました。僕も結婚して、「子どもを育てるなら広島で」と思っていたので故郷へ帰ってきました。
最初は広島の仕事はしようと思っていなくて事務所も持っていなかった。知り合いは一人もいない。初めて知り合ったアートディレクターが、H-ADCの立ち上げメンバーで、自分も初回から審査会や受賞作品の撮影を手伝いました。これが広島での初撮影ですかね。H-ADCから少しずつ知り合いも増え、そこから仕事の依頼があったり。今は、半分広島、半分東京。仕事のやり方も少しずつ変わってきましたね。まず写真ありきで発注を受け、ボクが窓口になって他のスタッフの構成を考えるということも増えてきました。東京時代にはなかったプロデュサー的役割。クリエーターの特性を考えながら、この仕事ならあの人に頼もうとか考える楽しみもできました。CDやADのディレクション通りの写真をバッチリ撮るのもやりがいがありますが、最近は、企画の段階から参加して、チームの一員として仕事を作っていく面白さにも目覚めました。
そろそろ作家としても活動したい。
いま、いろんなことが変化し、動いているのかな。スタジオを持ち、写真教室も始めました。写真を気軽に楽しめる環境をつくりたいと言う思いからですが、素人さんへ教えるのって、ギター講師をやっていたお陰で得意なんです。難しいことは抜き。自分が撮りたいものを好きに撮るのが一番です。ぶれてても写ってなくてもOKな教室。まず写真を撮る楽しさを教えたいから。何でもそうですが、好きになったものは続けられるんです。いつか、この教室の作品展をしたい。でも自分の個展開催が先かな。なかなか時間がないと言い訳して、作品を撮れていないのですが、撮りたい物ができたので今年から撮り続けようかと。仕事では、もっと広島の仕事を増やしていきたい。せっかくここにいるのですから、広島のクリエーター全員と1回は仕事をしたいというぐらいの気持ちです。何か新しいことを一緒にやりましょう!!!
◎好きなクリエーター/アートディレクター水谷考次さん
MERRY PROJECTの手伝いでお話する機会があったんですが、子どもみたいに無邪気でとても素敵な人です。ハッピーな気分にさせてもらえる人。ものをつくるには人間性が大切だと思います。
◎好きな広告/十文字美信氏撮影「ナショナルのストロボ」
ボクサーがノックアウトされてリングから落ちるところをナショナルのストロボを付けたカメラマンが撮影している写真。衝撃的であったし、理に叶ってるなと思った広告です。
◎好きな言葉/我慢 忍耐
◎趣味/音楽(バンドほか)
◎これがあったら元気になれるもの/子ども 酒 笑顔
◎関浦さん→粟根さん
『スランプの時、煮詰まったときの、脱出方法は?』
とりあえず、昼なら出かける!
夕方なら、ビール飲んで音楽を聞くか、
ギターを弾く事かな
とにかく違う事を、まずします。
景色が変わると、意外にイメージわいてくるんですよね。
文 : 徳山 典子 写真 : 對馬 由紀子
MERRY PROJECTの手伝いでお話する機会があったんですが、子どもみたいに無邪気でとても素敵な人です。ハッピーな気分にさせてもらえる人。ものをつくるには人間性が大切だと思います。
◎好きな広告/十文字美信氏撮影「ナショナルのストロボ」
ボクサーがノックアウトされてリングから落ちるところをナショナルのストロボを付けたカメラマンが撮影している写真。衝撃的であったし、理に叶ってるなと思った広告です。
◎好きな言葉/我慢 忍耐
◎趣味/音楽(バンドほか)
◎これがあったら元気になれるもの/子ども 酒 笑顔
◎関浦さん→粟根さん
『スランプの時、煮詰まったときの、脱出方法は?』
とりあえず、昼なら出かける!
夕方なら、ビール飲んで音楽を聞くか、
ギターを弾く事かな
とにかく違う事を、まずします。
景色が変わると、意外にイメージわいてくるんですよね。
次回は、粟根さんが注目している人、『中山みよさん』です。
文 : 徳山 典子 写真 : 對馬 由紀子












